「フェアユース」とは?
最近メディアで「フェアユース」という言葉を多く見かけます。政府の知的財産戦略本部が6月に発表した「知的財産推進計画2009」は、デジタル・ネット時代に対応した知的財産権制度を整備する施策の一環として、日本版フェアユース規定の導入を掲げ、今年度中に結論を得て早急に措置を講じるとしています。では、フェアユースとはいったい何でしょうか。誰にどういった影響があるのでしょうか。以下、最近の学会・メディアの論調を参照しながら解説します。
権利者による著作物の独占が制限される例外(権利制限規定)
著作権法は情報の独占的利用権を認める法であるために、時として権利が強すぎる場合があります。このような場合、「創作の保護」と「著作物の公正な利用」のバランスを図る目的で、著作権の制限が必要となります。現行の著作権法ではそれらの概念が30条から50条に現れています。たとえば以下のような場合は著作権の効力が制限されています。 私たちが日常何気なく行っていることの多くは、これらの規定によって著作権法違反との評価を免れているのです。
私的使用のための複製(著作権法30条)
図書館等における複製(同31条)
引用・転載(同32条)
教科書用図書等への掲載(同33条)
試験問題としての複製等(同36条)
営利を目的としない上演等(同38条)
裁判手続等における複製(同42条)
権利制限の限定列挙規定と一般規定(フェアユース)
ここで注目してほしいのは、上で申し述べた著作権の制限規定は「具体的・個別的・限定的」であるということです。これは権利制限の一つのありようである一方で、必然的なものでもありません。何がいいたいかというと、「抽象的・包括的・一般的」な列挙の仕方もあり得るのだということです。つまり、権利者の利益を不当に害しない公正な利用である(と判断される)ならば、「広く一般」に権利制限を認めるという方法も可能なのです。こうした考え方をフェアユース(公正な利用による権利制限の一般規定)と呼びます。
どちらも著作物を「公正に利用」していると考えられる場合に、著作権(情報の独占的利用権利)を制限するという考え方という点では変わりません。では、何が問題となっているのでしょうか。いったいどこが違うのでしょうか?
フェアユース導入議論の契機
従来の個別・限定列挙方式では、法の解釈の余地はあるにせよ、既存の規定に該当しなければ常識的にはいくら「公正な利用」であるように思えても違法となってしまいます。
瞬時に大量の情報利用が可能になった現代では、われわれの一般的・日常的な行動のうちには無断利用が数知れずあることになり、おのずと著作権法違反が見つかることになります。日々、パソコンで利用されている情報(のうちで創作性をもつもの)の出所を思い起こしてみて下さい。他方、著作権ビジネスの役割は拡大する一方ですが、それまで著作権法が想定しえなかった著作物の利用がおこなわれる結果、やはり著作権法違反となってしまうのです。音楽・書籍配信を行うネットビジネスなどを想起するとおわかり頂けますでしょうか。こうした現状を踏まえ、日常的に許可なく利用がなされている実態や、新たな技術・サービスの出現に柔軟に対応するため、抽象的で適用範囲の広いフェアユース規定を付け加えることが議論されるようになったのです。
フェアユース規定の沿革
このフェアユース規定は、もともとアメリカ合衆国の著作権法107条が認める、著作権侵害の主張に対する抗弁の一つで、「批評、解説、ニュース報道、教授(教室での利用のための複数のコピー作成行為を含む)、研究、調査等を目的とする」場合、著作物の利用が著作権侵害に当たらないとするものです。裁判所がフェアユース(公正な利用)にあたるかどうかを、以下の4つの基準によって判断しています。
1,利用の目的と性格
(利用が商業性を有するか、非営利の教育目的かという点も含む)
2,著作権のある著作物の性質
3,著作物全体との関係における利用された部分の量及び重要性
4,著作物の潜在的利用又は価値に対する利用の及ぼす影響
「日本版フェアユース規定」導入賛成派の主張
上の米国の法理をもとに、以下、日本版フェアユース規定の導入の是非に関する論調を見てみましょう。賛成派は、これまで著作権の形式的侵害によるサンクション(罰則・信頼喪失)に怯えていた個人や企業が、フェアユース規定の導入によって新たな技術やサービスを開発・運用しやすくなる結果、日本の経済競争力の強化が進む、と主張します。個別制限規定は許容される利用が法律で明確になっているという長所がある半面、硬直的であるため新たに起こるビジネスなどに対応しきれないと批判するのです。
特にフェアユース規定の導入を声高に主張しているのはインターネットプロバイダーやコンピューターメーカーなどです。これらの彼ら彼女らの業界は、急速なデジタル化・ネットワーク化の進展に伴い、革新的な著作物の利用形態が日に日に登場し、ビジネスチャンスの可能性が大きく開けています。しかし、既存の個別制限規定のために、将来起こりうるネットの新規ビジネスへの起業・投資が敬遠され、イノベーションの停滞による大損失を生じさせかねず、という大損失を招いてしまうと嘆いているのです。それだけでなく、起業マインドの萎縮という負の効果を日本社会企業に及ぼすともことを指摘しています。それに対して、フェアユースは個別制限規定に比べ、著作権を制限し、著作物を無断で利用できるまでに要する時間が短いために、イノベーションの停滞を少しでもくいとめることができると主張しています。
経済的メリットのみならず、フェアユースは文化的発展にも寄与するという主張もされます。デジタル時代は、リミックス時代とも言われており、既存のコンテンツを組み合わせたり再構成したりするリミックスによって多くの新創作が生まれています。ところが、文章では「引用」が比較的広く認められ、「アイディア」だけを取り出して書き直すことが可能なのに、絵や写真や音楽ではそのようなことが許されていません。そのような差別は、それぞれがコンテンツとして持つ本質的な違いにきざすだけでなく、芸術のリミックスの歴史の長さの違いでありこのギャップを埋めていかなければならない、という議論も展開されています。
導入反対派の主張
一方で、権利者団体や経団連などを中心に慎重論も根強く存在します。彼らは、現在ネット上で蔓延している著作権侵害の状況を見たときに、フェアユース規定の導入が、違法ユーザーに「公正な利用」という屁理屈を与えることで、さらなる著作権侵害を引き起こすと危惧しています。こうした現在の侵害状況を抑止し、適法ビジネスを生みだすためには、個別制限規定の枠内で、形式的な侵害を適法と解していくことが、妥当であると主張するのです。
主な理由として、彼らはその根拠として、「公正な利用」 の「公正」の判断が難しいことを挙げています。「公正であるか否か」は、裁判所の判断に服することになるのだから、企業は、著作物を利用する新規ネットビジネスへの起業・投資を行う際には、はじめから危険を回避し、グレービジネスに手を出さないのが普通です。高い内部統制を有し、遵法意識が高いとされる日本企業は、なおのことです。他方、遵法意識の低い違法アップローダーとこれを利用するフリーライドビジネスは、フェアユース規定によってますます利益を得るようになり、結局当初のフェアユース導入の意図を果たすことができないのではないか、と主張します。また、アメリカの司法システムとの違いを指摘する声もあります。アメリカは権利侵害を訴訟で解決することに積極的な社会であり、クラスアクション(集団代表訴訟)によって訴訟の当事者以外にも裁判の効果がおよび、著作権侵害による賠償額がきわめて大きいなど、権利と利用のバランスがとれている国であると言えます。それに比べて日本は、遵法精神という訴訟以外のシステムに依存しているというのです。また、個別具体的に判断した判例が蓄積されているアメリカと、そうでない日本を比較することによってフェアユース規定導入の意義を疑問視する見解もあります。
日米の法体系の差異
アメリカでフェアユースという一般規定が採用されているのに対し、日本で限定列挙規定が利用されているのは、偶然のことではなく、それぞれの法体系の違いに即したものだということができます。アメリカは判例法中心の法体系(コモンロー)であり、法典の内容は抽象的な一般規定に留め、具体的な法規範の創造は裁判所に任されていました。他方、日本は制定法中心の法体系であり、裁判所の役割は制定法を厳格に適用することでした。裁判所にフェアユースの判断を委ね、その結果、新たに著作権の権利制限事由が認められる仕組みは、まさしくアメリカの法体系と整合的です。それに対し、日本の法体系は、立法によって著作権を制限することと整合的です。そうすると、日本版フェアユース規定を実現するためには、アメリカの法体系を部分的に導入すべきことになります。しかしながら、判例法の法体系が機能するためには、過去の膨大な量の判例の存在が不可欠です。アメリカで150年以上にわたって積み重ねられた判例は、裁判所を拘束し、恣意的判断に陥ることを防ぐ役目を果たしてきました。もしフェアユースを導入するとしたら、日本では判例が蓄積されるまでの間、他の防波堤が必要となりますが、その場合アメリカの判例が参照されることになるかもしれません。そうして判例が十分に蓄積されたならば、日本においてもフェアユースは機能するともいえます。このように、本質的には両国の法体系の違いが、「日本版フェアユース規定」導入の議論の背景に控えているのです。
2009年10月末現在、「日本版フェアユース規定」の導入は先送りにされていますでは、フェアユース規定の導入は決定されていません。今後の政治状況を踏まえつつ、審議会の方向性について注意深く見守る必要があります。
<以上、本講演会公式パンフレットより一部抜粋>
